無責任だと非難する人も、本当は無責任

ノウハウ

よく聞く「そんなこと言って責任は取れるのか」的発言

よく聞く言葉です。

誰に対して責任を取る必要があるのでしょうか?

発言に責任を持てるのは、それに従う『道理』がある人にのみ

例えば、上司が部下に出す指示やアドバイスには責任があります。

何故ならば、基本的に部下は上司の指示で動くことが義務だからです。

他にも、未成年に対してその保護者の指示や声かけには責任が伴います。

理由は簡単で、子供はある程度成長していかないと社会的な判断能力を持ってるとは見做されないからです。

インフルエンサーたちの発言に責任はあるか?

社会的な影響力の大きいインフルエンサーたちはどうでしょう?

チャンネル登録者数ウン百万人の日本トップYouTuberや、SNSのフォロワー数が億を超える世界的アーティストの影響力って物凄いですよね。

例えば、彼等が「動物を護ろう!」とか「自殺はダメだ!」とか言ったら、それは社会的にいいことだと見られる場合が多いので、賞賛されると思います。

一方で賛否両論の発言をしたら、アンチコメは必ず湧きます。

「会社に就職するより、自分で起業した方がやりたいことができて、幸せになれます!」

例えばこんなことを言うと、

「それを真に受けて、起業して失敗したらどうするんだ!その人の人生にお前は責任取れるのか!?」

と言う具合です。

結論:責任は取れないし、逆の場合もある

結論としては、発言に責任なんて取れないし、取る必要もありません。

何故なら、基本的にインフルエンサーの発言”なんか”に私たちは従う道理がないからです。

新卒で会社に入るのも、起業するのも、本人次第なんです。ここを履き違える人は、まず自分自身に対して無責任だと言えます。

Aさん「〇〇がYouTubeで起業がいいって言ったから、大学を出ても就職せずに起業して、でも失敗して借金を抱えてしまった。僕が失敗したのは〇〇がそう言ったからだ!どうしてくれるんだ!責任を取れよ!」

このAさんの主張は筋が通りません。自分の選んだ行動とそれに伴う結果は基本的に自分で責任を取るべきです。YouTuberの意見を真に受け、それに従う道理はそもそもこの人にありません。

逆にこうも考えられます。

Bさん「生まれてからずっと、親や家族にも、周りの友達にも、先生にも、知り合いのおっちゃんおばちゃんにも、み〜んな【大企業の社員か公務員になって、安定した仕事をしながら余暇を楽しむのが一番幸せだよ】と言われてきた。その通りに公務員になってみた。人生の大半の時間をつまらない仕事に忙殺されて、生活と家族のためにお金を稼ぎ、余ったお金で安酒を買って、スマホのゲームに時どき課金して、あとはだらだらテレビを見ている。これって本当に幸せなの?」

もしこうやって心を病んでしまったら、公務員の道を勧めたBさんの周りの人はみんな、Bさんに何らかの責任が取れますか?無理ですよね。最終的に公務員として働く道を選んだのはBさん本人だからです。

(※私は起業も公務員も全く否定はしません。それぞれとても立派だと思うし、本人がそれで納得していて幸せなら全然問題ないと思ってます。)

まとめ:『自分』と『自分の人生』に責任を持つことが大事

当たり前の話ですが、自分の人生は自分で決めるものです。

そこでどんな結果があろうとも、責任を取るのは自分自身です。

人の発言にケチをつけて「無責任だ!」と難癖つける人は、そもそも責任をとるということについて考え直した方がいいでしょう。

とは言え、『選択』して『責任をとる』ことは大変です。

人が言ったことに従っていれば、そんな思いをせずラクに生きることができます。

ラクに生きることと、楽しく生きることは同じでしょうか?

自分の思い通りの人生を選び取った方が、ラクではないかもしれないけど、楽しくないですか?

そうしたいなら、まずは『自分』と、『自分の選択』に責任を取る覚悟を決めましょう。

どうか、誰のでもない、あなたの人生を生きてください。

自分の人生を生きると決める人が読むべき本だと思っています

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