【65歳になったら何をする?】人生100年時代にカーネル・サンダースのとんでもない生き方から学ぶこと

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歳とったらもう働けない?

白いスーツに白髪、白ひげ、黒縁メガネがトレードマークの「カーネルおじさん」ことカーネル・サンダースは、KFC(ケンタッキーフライドチキン)の創業者として超有名な人です。

65歳からはじめたフランチャイズ(「ウチの名前使って商品出していいけど、売れたらそのうち何割かは払ってね」的な方法)ビジネスが大成功し、発祥の地アメリカから日本を含め全世界的に展開していきました。

65歳からビジネスをはじめたのもすごいですが、90歳のとき病気で亡くなる直前まで、自分の名前のお店でちゃんとしたチキンが作られているか確認したり、時には直接指導するために各フランチャイズを回って働きまくっていたのもすごい。日本にも1970年にKFCが進出してから、3度来日したそうです。

あの、にこやかな老紳士は、実はすごい働き者でした。そしてその人生も順風満帆ではなく、何度も挫折を経験しながら最終的に大成功を収めたというのも、実にドラマチックでバイタリティに溢れたストーリーです。そんなカーネルおじさんから学べることをご紹介します。

一生懸命働くこと

カーネルおじさん(本名はハートランド・サンダースで、カーネルは名誉称号としてつけられたもの)の生い立ちは貧しい家だったそうで、小学生くらいのときから家計を助けるために農場で働いていました。しかし、最初は自分の仕事が甘いせいでクビになったりしました。それでお金を稼げず、家族を助けられない事実に直面し、どんな仕事でも真剣にやることをその後の人生で貫くことになったそうです。

フランチャイズをはじめるまで、田舎町の飲食店をやっていましたが、料理はもちろん、お店の掃除も徹底的にやって、お客さんに喜んでもらうことを徹底していたようです。これはどんな仕事でも見習えることではないでしょうか。

失敗してもめげない

カーネルおじさんは、若いときから働きまくっていました。軍隊とか鉄道とかガソリンスタンドとかカフェとか、いろいろな仕事を転々としていましたが、時には時代の流れから、時には自分の頑固さから、同じ仕事を続けられなくなることが多々あったそうです。

それでも、そのとき目の前にある仕事に一生懸命に取り組んでいきました。当時のアメリカはようやく自動車が普及し始め、まだパソコンやインターネットもない時代です。急にお店の売上が伸びたり、逆に一文無しになったりとすごく波があったようです。そんな中でもたくましく仕事をし続けてきたのはすごいことです。今はほぼ何でもあって便利すぎる世の中で、不平不満を口にして行動しないってのはちょっと贅沢なのかもしれません。

長所と短所

フランチャイズで出すチキンは、使用するスパイスや圧力釜の使い方まで、カーネルおじさんのこだわりの結晶でなければいけません。めちゃくちゃ頑固だったそうで、ちょっとでも味が違ったりすると感情をあらわにして怒り狂ったというエピソードもあります。質の高い商品やサービスを提供できるという反面、ビジネスにおいてはその頑固さが仇となることもあります。

しかし、ケンタッキーフライドチキンをフランチャイズ展開するとき、助けてくれる仲間がいました。個人のレストラン経営をしていたときのピートさんという友達が適切にアドバイスしたりするおかげもあって、フランチャイズビジネスはどんどん展開していけるようになりました。こうした、強みを活かし、弱みを誰かに助けてもらえるような人間関係もとても大切なことではないでしょうか。

まとめ

先日、久しぶりにケンタッキーのチキンを食べましたが、以前と全く変わらない美味しいチキンで懐かしく感じました(健康のため揚げ物は普段は控えてます)。65歳からはじめたビジネスが大成功を収めたという、まさにアメリカンドリームの体現者みたいなカーネルさんですが、その本質は若い頃からバリバリに一貫していた、仕事と人に対する誠実さだったように思えます。それがあるからこそ、一般的にはもう働かないような高齢になっても、そこから自分の運命を切り拓くチャンスを掴めたんではないでしょうか。私自身、学生時代や20代の頃のようにはいかない・・・という気持ちになりそうなときがありますが、まだまだそんなことを言ったら「眼鏡のおじいさん」に笑われそうで、また頑張る勇気をもらえます。

まだまだ書ききれない多くの面白いエピソードは本で読めるので、気になる方はぜひ読んでみてください!


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