いい意味で、人の「欠点」も見つけることが大切なのはなぜ?

My Voice

神格化は危険

「人の良いところを見つけよう。良い部分を褒めよう。」

これは他人とのコミュニケーションで基本的なことです。人間誰しも完璧ではないので、他人の粗探しをするより、自分にない良い部分を見習いあう関係性が望ましいという意味で、これは疑う余地もありません。

一方で、人の「欠点」を見つけることも大切です。「見つける」よりも「認める」というニュアンスがより正確です。理由は「無闇に人を褒めすぎる」と、盲目的な判断をして事実が見えなくなる恐れがあるからです。

例えば、誰もが知っている有名人についても、ファンの多くはその人の「いい部分」を知っています。容姿がいいとか、優しい性格だとか、強い実行力やリーダーシップなどがファンを惹き付ける魅力になります。そうすると、断片的にしかその有名人を知らない(一般の)人は、他の部分まで「きっといい人だろう」というフィルターを通して見てしまいます(これは心理学の用語で「ハロー効果」と言われます)。当たり前ですが、有名人だって所詮は人間なので、いいところもあれば欠点もあります。普段はその欠点はなるべく見えないようにしているだけですが、ファンや一般の人はなかなかそれがわからず、ついつい「神格化」してその人を見てしまいます。

私は宮崎駿監督のスタジオジブリ作品が大好きです。「天空の城ラピュタ」はセリフや劇伴の入るタイミングまで暗記するほど見ました。他のどの作品もクオリティが異常なほど高く、未だにこのレベルを超えるアニメ作品はないと思っています。ここで失礼を承知で書きますが、そんな天才的な宮崎駿さんも、瑞々しい感性をもった人格者・・・かと思えば、極端な左翼思想をお持ちで、かつロリコンです。左翼思想やロリコンが欠点と言い切ることはできませんが、それをよく思わない人は大勢いるでしょう。人間なんで誰だって価値観や思想があり、それが一般大衆と乖離していたり極端だったりすることも珍しくありません。私は、そんな宮崎駿さんのクリエイターとしての部分を神のように崇めていながら、人間らしい部分も知っていて、認めていて、それで好きです。

大雑把に言ってしまえば、所謂これまでの「有名人」は、人によって作り上げられた虚像です。アーティスト、アイドル、俳優、芸能人、政治家などなど、それらを取り上げて「素晴らしい人」という演出を作る人たち(メディア)があって、有名人は誕生してきました。一方でネットが発達し、普通の人がスマホ一台で有名人になれるのが今の時代です。テレビタレントは知らなくてもYouTuberなら知っているという人が増えている昨今、彼ら彼女らも私達と同じ「人間」であることは変わりありません。何かピカリと光るものを持って活躍する人たちの「欠点」も見つけて、そして認めてあげなければ、有名人たちも堅苦しく、またファンもいつかはその本当の姿の理想と現実のギャップに苦しみます。私達は身近な人同士ももちろん、「身近になった有名人」たちとの間でも、バランスのとれた人間関係を築いていくことが必要で、そのために良い部分、悪い部分を是々非々で見ていくことが大切です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました