誰だって独学をするのが基本
なにか新しいことを学ぶとき、『独学』をするか、『誰かから習う』か、誰しも考えるし、よく話題になります。楽器の演奏でも、作曲でも、イラストでも、プログラミングでも、誰だって普通は何も知らないゼロの状態から始めます。そんなとき、無駄なく、効率よく、最小の努力(コスト)で最大の成果を得るにはどうすればいいか。なかなか明確な答えはなく、誰しも悩むものではないでしょうか。
私の結論としては、人によって適切な「人から教わる割合」(つまり、独学の割合とも言えます)が違うので、それを決めるべきだと考えています。
そもそも、新しいことを学ぶ主体はいつだって自分自身です。自分で興味を持ち、疑問に思い、調べ、学び、実践し、忘れ、また調べ、学び、実践し、失敗し、気付き、また学び・・・・を繰り返していくことが学びです。これを考えれば、極端な話、新しいことを学ぶ上で誰かに教わることなど不要です。
ただし、「効率」を考えると、誰かから学ぶことの意義が初めて見えてきます。疑問に思ったことを調べたとき、その情報が正しいかどうかはどう判別するのでしょうか?失敗したときに、その失敗の原因が自分の知らないものだったら、どうやってそれを解決するのでしょうか?いわゆる「独学」をするときには、自分が(未知の分野で)新しい情報について正確に取捨選択できる必要があり、さらに自分の失敗を自分自身で分析して気づき、改善できる必要があります。もし、類まれなる能力がもともと備わっていたり、とてつもない幸運に恵まれているならば、この「独学」がもっとも効率のよい学び方と言えるでしょう。しかし多く人にとってそれは現実的ではありません。音楽でも、イラストでも、プログラミングでも、その道を先に行っている人が適切な知識と経験を持っていれば、情報の取捨選択と失敗の原因特定を高い精度で行ってくれます。ここに、誰かから学ぶことの重要性があります。
このように、どんな学びでも「独学」が基本である前提で、そのプロセスでの効率アップのために誰かから教わることが大事だと理解できます。問題は、その割合です。誰かから教わるには、それなりのお金を払ったり、相手の都合に合わせたり、コストをかける必要があります。また、それもかければかけるほどいいというわけでもありません。24時間張り付きで指導する人がいれば最高、というわけでもないのは自明です。人から学んで、自分で実践して、失敗して、新たな疑問が生まれて、また学んで・・・という学習のサイクルに、人からの指導をうまくあてはめていかなければいけません。その頻度などは、あなたが学生なのか社会人なのか、状況に応じて使えるお金と時間が違うため、一概には言えない、となってしまいます。いい指導者を見つけるのと同じくらい、この「割合」を決めることも大事なので、ぜひ検討してみてください。
何かを学ぶなら、自ら主体的に「独学」することが基本です。誰かから教えてもらわないとできない・・・と考えているようでは、その時点でお釈迦ポンです。人からの指導は、目的達成のために自分が利用する道具でしかありません。(世の中にはその事実を隠して、「カネさえ払えば学びの成果をプレゼントする」ように謳う教材、レッスンが溢れています。ご注意ください。)
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