聞くに値する話の本質

My Voice

他人の成功体験ほど無価値である理由

情報が溢れまくっている今の時代、どこかしらで誰かしらの成功体験はいやというほど聞かされます。お金をいっぱい稼いだとか、有名になったとか、すごいことをしたとか、大勢に認められたとか、そんなのを聞かされると、至ってフツーな自分を否定されているような気さえしてきます。

そんな人たちはこう言うかもしれません。「私はこれで成功しました。」「これをやれば誰でもお金が稼げます。」そんなのを聞いて信じるのも、胡散臭く思うのも自由です。同じ方法をやって同じように成功するかもしれないし、同じようにはいかないかもしれない。これはやってみなければわからないことです。

このブログでは再三述べてきてることですが、私たちは同じ人間でありながら、人それぞれ身体的特徴が違えば周囲の環境も全然違います。そんな私たちに共通することは既に学問として体系化され、学術として研究されています。それ以外に関して、自分の好き嫌いや得意不得意、できることできないことは他人と違って当たり前だと思うべきでしょう。

にもかかわらず、「あなたがこれをこうすれば、必ずこう成功できる」と言い切れるのは、本来あり得ない話です。誰かがうまくいった方法を自分もやって、確実にそれが再現できる保証などどこにもありません。それは遠くの存在でも、身近に話せる人でも同じことです。人の成功体験なんて、参考の一つくらいで丁度よく、それを自分の行動の指針にするのはとても危険な行為です。

では最も価値のあるものは何か?それは自分が実際にチャレンジしてみて得ることのできた成功体験や、失敗の経験です。誰のどんな話よりも嘘偽りがなく、自分で経験してるので最も情報量が多いソースにこそ価値があります。ただ、人間一人の時間は限られているので、そんなにたくさんのチャレンジを自ら実践することはできません。そこで次に役に立つのが、他人の失敗の経験です。自分がしてこなかった経験で、その失敗の内容を知ることにより、物ごとの失敗の要因を知ることができます。何か多くの選択肢から自分の行動を選ぶ時、失敗する可能性の高い選択肢を除外できれば、より成功の選択肢に近づきやすくなります。ちなみにその失敗談は、本でもネットの記事でもYouTube動画でも友達や先輩の話でもなんでもいいでしょう。自分がしていない経験をして、かつその行動と失敗の要因の因果関係が正しく整理されていることが条件になります(それを誤ると余計な情報になってしまうのですが・・・)。

人の失敗を笑うことは、相手に失礼なのは勿論のこと、自分にとっても「失敗から学ぶ」という貴重なチャンスを手放すことに繋がるので、損得で考えてもぜひ辞めるべきです。人の失敗談は自分の学びになるし、また自分の失敗談も人の学びに繋がります。マウントをとるための成功体験は、他人のを聞くのも、自分のを話すのも、それほど価値がありません。このように、聞くに値する話をきちんと見極め、自分自身も聞いてもらうに値する話ができるよう、日頃から心がけていくべきだと言えるでしょう。

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