総理大臣は実在するか、架空の人物か?

哲学

内閣総理大臣とのび太くん

いきなりヘンな問いですが、「総理大臣は実在するか?」と問われれば、もちろん実在する人物です。現在、日本の内閣総理大臣は日本国憲法で定められて実際に存在します。

では、漫画「ドラえもん」の主人公「のび太くん」は実在するでしょうか?

これはもちろん、架空の人物なので、実際にはそういう人物は存在しません。

ただしこれは、客観的な事実としての話です。

ではここで、あなたは、「内閣総理大臣」を直接見たことがありますか?現職の菅義偉さんや、前任の安倍晋三さんと会って話したことがありますか?日本人は1億人ほどいますが、おそらく多くの人は私と同じように、直接見たり話したりしたことはないはずです。テレビで頻繁に出てくるアメリカのドナルド・トランプ氏や、東京都民なら誰もが知っている小池百合子知事も、あれだけ有名なのに実際に自分の目で見た人は少ないでしょう。

私は現在30歳を超える東京都民でありながら、菅さんも小池さんもトランプさんも直接見たり、会って話したことはありません。そしてまた、のび太くんも直接見たことは一度もありません。

ではあなたにとって、私にとって、一度も会ったことのない総理大臣とのび太くんとは、何が違うのでしょうか?

多くの人にとっては違いがない?

内閣総理大臣は実在する人物で、のび太くんは架空の(実在しない)人物です。

では、彼らは実際に私たちにとってどれほど関係があるでしょうか?

まず、基本的に直接会ったり話したりすることは、特殊なケースを除いてほぼないでしょう。

彼らの存在を知るのは、テレビとか、ネットのニュースとか、映画やYouTubeの動画とか、間接的な媒体においてです。

そして、総理大臣は日本の政治に影響を持ちますが、私たち一人一人は、その影響力をどれほど実感できるでしょうか?総理大臣が喋ることで世の中への影響はありますが、直接私たちの行動を左右したりはしません。

一方のび太くんは「ドラえもん」という作品の中だけで動いたり喋ったりしています。彼も、感動を与えてくれたりはするものの、その言動によって私たちの行動を直接的に変えたりはしないはずです。

このように、実在するかしないかの違いはあっても、あくまで個人的に言えば、彼らの存在は私たちにとってそれほど影響力の違いがないようにも思えてきます。

実在する人物とは

ここで、「実在」という言葉の意味を考えてみます。

実在とは、

実在(じつざい、英: reality)は、認識主体から独立して客観的に存在するとされるもの。

(引用:Wikipedia)

とされています。

わかりやすく言うと、「自分がいると思っている」だけではなく、「他の多くの人から見ても確かに存在する」となります。

私がどんなにドラえもんが好きで、のび太くんのエピソードをたくさん知っていて、目を閉じれば彼の声が聞こえてくるような状態で、「のび太くんはいるんだ!」と信じていても、「実際にこの世界に人間として存在するのび太くん」については、多くの人は認めないでしょう。

ところが、内閣総理大臣は違います。テレビに出ているのはよく見るけど、私は実際に会ったことがない。この実在を疑ったとしても、首相官邸や国会には確かに菅さんはいるだろうし、ご家族や関係者やマスコミの取材の皆様などの多くは直接会って話をしているので、確かに存在すると認めます。

これが一般的な定義による実在です。

「のび太くんは実在しないし、内閣総理大臣は実在する」

結論はこれで終わりです。

しかし、私にとっては、「実在するかしないか」は、もっと別の問題になってきます。

アニメキャラは生きている

多くのアニメキャラに限らず、創作上の架空の人物はたくさんいます。

漫画やアニメでイラスト化されたキャラもそうだし、小説に登場する人物や、演劇・ドラマ・映画などで誰かが演じる人物も、架空の人物であり、実際に「存在」はしません。

私は、彼らと彼女らの存在を、誰かが描いたイラストや役者さんの演技によって認知します。それらは自分の考えをもち、言葉や行動でメッセージを発します。

ドラえもんののび太くんは、何をやっても上手くいかないけれど、ここぞという時に誰よりも勇気を持った行動をします。ラブライブ!の西木野真姫ちゃんは、能力があるのにとてもシャイで不器用ですが、芯を持った考え方をして仲間への気遣いを忘れません。

私はのび太くんや真姫ちゃんと会話をすることができません。一方的にそのメッセージを受け取り、解釈するだけです。でもそれは、総理大臣だって、日本人メジャーリーガーだって同じことです。メディアで見るあの人たちが、もし仮に、AIが作り出した人工的な人物であったりしても、私には「架空」と「実在」の違いがあまりありません。どちらも手の届かないところにいるだけで、私の中では確かに「存在」しています。私が「存在」を認識していれば、それは私にとって「生きている」ことと同義にもなります。

まとめ

多くの人は、内閣総理大臣の姿をテレビで見たことがあると思います。

同じように、アニメや漫画のドラえもんに登場するのび太くんの姿も、見たことがあると思います。

両者が、直接目で見て、会って話したりする人物でなければ、それはその人にとってどちらも、同じ意味で「存在」していることになります。

「キャラ愛」って、素敵じゃないでしょうか。

私たち一人一人が存在を信じる対象については、世間一般の「実在」はそれほど関係ないと言ってもいいと思います。私たちが本当に直接あって話したりできる人は、物理的に、とても限られています。

なので、総理大臣だろうが、日本人メジャーリーガーだろうが、アイドルだろうが、二次元キャラだろうが、「私が認知していて、好きで、応援したい」という気持ちはとても素晴らしいもので、誰にもそれを取りあげたり貶したりする道理はなく、大切にしていくべきものだと思います。

【本日のオススメ本】

ドラえもん(1)

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