この不公平で理不尽で不平等な世界に祝福を!

メンタル

公平、平等、誰もが納得できる素晴らしい世界

誰もが公平で平等に扱われて、不条理なことは起こらず、あったとしても正しく罰せられるような世界があれば、きっと素晴らしいですよね。

ところが現実はそうでもないことが多いです。

様々な平等、公平を求める声があり、理にかなった行動と結果に繋がるよう働きかけてくださる人はたくさんいます。それでも、世の中が完全にそれをなくすことは難しいでしょう。

では、私たち一人一人はどうしたらいいんでしょうか?

自分にできること

まず前提として、私たちは生まれた時点で不公平であると言えます。子供は生まれてくる家を選べません。幸い日本は、一般的な家庭の経済水準にそれほど差がない場合が多いですが、世界に目を向けると貧富の差はもっと激しいでしょう。

人生をゲームに喩えるなら、生まれた時点でURカード5~10枚くらい持ってる人と、ノーマルカードしか持ってない人、くらいの差なら普通にあると思います。人類全体でみたら、レベル99の装備満タンで強くてニューゲーム状態・・・とかもザラにあると思うし、レベル1の装備ナシでスタート、も全然あると思います。

平等に扱われるかどうかも、自分の意思とは関係ない部分で決まることが多いです。年齢、性別、人種、学歴など、容易にかえられらない要素によって、『人が人の扱い』を決めます。

さらに、人間は集団で生活しないと生きることができません。完全自給自足はほぼ不可能で、様々なことを分担するからこそ、生活は豊かになりました。しかしそこには組織ができ、力関係が生まれます。その仕組みの中にいる以上、力関係に争うことは難しいでしょう。

また、アクシデントも一定の確率で起こります。自然災害、病気、人災は、本人の意思とは関係なく降りかかります。「日頃の行いがよければ、悪いことは起きない」などと思いたくなりますが、これは『公正世界仮説』という心理バイアスと認知されていて、避けるべき考え方です。どんなに善良な人にも悪いことは起こります。どうやら、理不尽だと思うことも、世の中には一定数あるようです。

公正世界仮説(こうせいせかいかせつ、just-world hypothesis)または公正世界誤謬(こうせいせかいごびゅう、just-world fallacy)とは、人間の行いに対して公正な結果が返ってくるものである、と考える認知バイアス、もしくは思い込みである。(Wikipediaより)

結論は至ってシンプルです。

「自分に何ができるか」

を、考えて、行動を起こす。これのみです。

自分が介入できないことについて、どうあがいても、嘆き叫んでも無駄です。

一方で自分ができることに目を向けず、言い訳して逃れているようでは、世の中に翻弄されてしまうでしょう。

人を動かすには

ただし、人を動かす方法もあります。

人はお互いに影響しあって生きています。

あなたの発言や行動が、誰かに影響を与えれば、その人を動かすことだってできます。

大きな例を一つ挙げるならば、マスコミはいつも人を動かします。

トイレットペーパーの買い占めの映像を流したら、多くの人が我先にと買い占めを続けるでしょう。

そのほか、会社などの組織にいる人は、仕組みから人を動かすことができます。

営業職の人は、顧客に「買う」という行動を促す必要があります。成績の良い営業マンは、人を動かす術を心得てるとも言えるでしょう。

これら全て、「自分ができること」の結果です。立場によって違いますが、営業マンなら取引先の顧客を、会社社長なら会社員を、そしてマスコミなら世の中の多くの人の行動を促すことができます。

ぜひ、「〜だったらいいなぁ」と相手や世の中に期待するだけではなく、自分から働きかけて影響を与える方法も検討すべきでしょう(ただしこれは簡単ではありません)。

まとめ

世の中は不公平で、理不尽で、不平等なことだらけです。

なるべくそういうのがないのが望ましいですが、人間社会から完全になくなることはないでしょう。

そんな中でも、自分の考えや行動は変えられるし、それによって人に与える影響も変えることができます。

「自分で考えて、行動する」仲間を応援しています!

【本日のオススメ本】

人を動かす 文庫版

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